竹島修論

オーディトリウムにおける バルコニー形態の音響設計法に関する研究

九州大学大学院 工学研究科 建築学専攻 修士課程 竹島 義人


1. 研究目的

一般に、オーディトリウムのバルコニー下部空間は定性的には好ましくない空間といわれている。 本研究ではバルコニー形態と音響性状との関係、音響性状と聴感印象の関係を明らかにし、バルコ ニーの設計基準を求めることを目的とする。具体的には以下の2点について検討する。
  1. 上方から到来する初期反射音の割合がどの位変化した時、「音に包まれた感じ」が変化すると感 じられるのかを調べるため、音楽信号を用いて「音に包まれた感じ」に関する上方からの初期反 射音の割合の弁別閾を測定する。
  2. 上記の3つの結果を踏まえて、バルコニーを有するオーディトリウムの基本形態に関する具体的な 設計指針を得るため、バルコニーの基本形態と初期反射音特性、主に方向特性との関連について 、コンピュータシミュレーション手法を用いて検討する。

2. 上方からの初期反射音による音に包まれた感じの弁別閾

2.1 実験方法

一対比較法を用いて、上方からの反射音による「音に包まれた感じ」の弁別閾を測定する実験を行 った。すなわち、無響室内において、初期反射音の全エネルギに対する横方向成分の割合(以下ERL) を一定にそろえた上で、鉛直方向成分の割合(以下ERV)を固定した基準音場とERVを変化させた比較 音場との対をランダムに提示し、頭を固定して座らせた被験者に「音に包まれた感じ」の強弱を 3件法で判断させた。 スピーカの配置をFig.1に示す。

2.2 刺激音場の条件

ERLが、およそ0.2で一定となるように、また、ERVが各設定値になるように反射音の相対レベルを 調整した。 基準音場と比較音場のERVの設定値をTable 1に示す。 実際のオーディトリウムにおける測定値が概ね0.05から0.5の範囲にあったことから、基準音場の ERVは、0.1、0.2、0.4の3種類(実験No.1〜No.3)とした。また比較音場のERVは、Table 1に示す 範囲内で各実験とも7段階に変化させた。残響時間は1.5sとし、初期音と残響音のレベル差は 5.0±0.2dBとした。被験者位置での提示音圧レベル(Leq)は、実験No.1〜No.3を通して62.6±0.3dBAである。

2.3 実験結果と考察

有効なデータ100サンプルの各判断の累積確率分布から、弁別閾を算出した。 ERVが0.1から0.4の範囲において弁別閾は0.04〜0.05であり、ERVの変化による差は認められなかった。

3. 初期反射音の方向別時間特性

3.1 解析方法

コンピュータシミュレーションにより初期反射音の方向情報を解析した。解析モデルの基本形態は Fig.2に示すようにワンルームタイプとプロセニアムタイプの2種類とし、ワンルームタイプについ ては平面形状が矩形のモデル(Type A)と台形のモデル(Type B)の2種類を設定し、各々について客 席主空間の天井高HMを3段階に変化させた。プロセニアムタイプについては平面形状は矩形のみ (Type C)とし、舞台の天井高HSを3段階に変化させた。そして、客席に受音点をほぼ均等に50点 配置した。これらの計9種類の形態モデルごとに、バルコニーの高さHBと深さDBを変化させ、それ ぞれの受音点におけるインパルス応答を求め、解析をおこなった。

3.2 解析結果

初期反射音について検討する前に、まず、代表的な室内音響指標(SPL,C80,TS,LE)を算出した。 バルコニーの深さ、高さによる影響は音圧分布(SPL)には認められるものの、C80,TS,LEには明確な 影響は現れなかった。 次に、初期反射音の方向特性とバルコニー形態との関連をみてみる。 初期反射音の前エネルギに対する前後方向、横方向、鉛直方向成分の割合(ERG,ERL,ERV)を求めたと ころ、ERVに対してのみバルコニーの形態による影響がみられた。 Fig.3に示すように、音源、受音点、バルコニー先端の3点からd/hを幾何学的に定義し、ERVd/h との関係をみてみる(Fig.4)ERVの値は、d/hが0より小さい時は安定しているものの、d/hが正(受音点がバルコニーの下)になる と値が急激に下がり、d/hが3.0より大きくなるあたりから低い値で安定する。また、主空間の高さ HMが高くなるにつれて全体的にERVは小さくなる傾向があることがわかる。 d/hERVの関係を定量的に把握するため、非線形最小2乗法を用いて次式(成長曲線)に近似させた。

ERV = a1 / [a2+a3・exp{a4・(d/h)}]

聴感実験によって、ERVが0.1から0.4の範囲にある場合の弁別閾は0.04〜0.05と確かめているので、 Fig.4に示した回帰式にこの結果を適用すると、バルコニー下においてERVの低下を有意に知覚できる d/hの範囲を求めることができる。すなわち、d/hが負の時のERVの漸近値より0.05小さいときのd/hの 値([d/h]0.05)を算出した。 [d/h]0.05は、type Aで0.66〜0.82、type Bで0.88〜1.0、type Cで0.84〜0.95であった。すなわち、 客席主空間と同等の“音に包まれた感じ”を確保するためには、d/hは上記の値以下となるようにしな ければならないということである。

4. まとめ

コンピュータシミュレーションにより、バルコニーを有するオーディトリウムにおける初期反射音特性 を分析し、バルコニーの基本形態と初期反射音の方向特性の関連について検討した。 その結果、音源、受音点、バルコニー先端の3点から幾何学的に定義されるd/hを用いてERVを求める 実験式を得た。この式と聴感実験の結果から、バルコニー下において客席主空間の“音に包まれた感じ” との差が知覚されないようにするためのd/hを求めたところ、約0.7〜1.0となった。 これらの結果により、バルコニーに関する設計上の一つの目安を示すことができたと考えられる。